社会保険労務士白門会は、社会保険労務士制度の発展と母校中央大学の興隆に寄与することを目的として、平成15年(2003年)6月に蠢動をはじめ、平成16年(2004年)11月20日に創立総会を開催して船出しました。


平成26年(20014年)11月15日 創立10周年記念講演会・祝賀会

 社会保険労務士としての自己研鑽につながる研修や楽しいOGOB活動を実施しています。
活動のトピックス・入会案内などは、下記のホームページ、フェイスブックをご覧ください。

○中央大学 社会保険労務士白門会
http://www.gakuinkai.com/sr-hakumonkai/index.html

○社会保険労務士白門会 – ホーム | Facebook
@sr.hakumonkai

[ 母校発見 ]

東京会新宿支部(昭和55年) 阿世賀 陽一

2004年6月、「社会保険労務士白門会」発起人会として、24年ぶりに母校-中央大学の多摩校舎に行きました。
初めて乗ったモノレール。
駅から出て、目にしたものは、初めてその角度から見る「サークル棟」でした。
少し煤けた、横に長く伸びた白い建物。
それは映画『2010年』で目にした、前作『2001年宇宙の旅』で乗組員が誰もいなくなり木星の衛星軌道上に放置されていた宇宙船ディスカバリー(発見)号のように見えました。
頭の中を交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』が鳴り響きます。

映画のストーリー上では9年ですが、公開の間隔は17年間。映画の登場人物の目を通した観客の「まだ、無傷に存在していた!」という驚き。
私は、それよりも長い時間、母校を放置していたのでした。

その年の11月に社会保険労務士白門会が設立され、翌年から参加したホームカミングデーの何度目かのとき、私はサークル棟に行き、自分のかつてのサークル室に入ってみました。
「どなたですか?」
「昔・・・ここに住んでたんだよ」
(映画『ラストエンペラー』の最後の台詞)
「では、私たちの先輩でありますか!」
(壁にマジックで書かれ、いつも眺めていた16行の詩『ゆうひ』は消えていました)
「いや、サークルはもう変わっているようですが・・・・。でも、頑張って!」
「はい!」(今の中大生は素直なものだ)

初めて会う後輩に「頑張って!」と言うことは、先輩も「頑張る」という意味です。
母校-中央大学は、私たち共通の歴史です。
そして歴史は、未来のために、これからも書かれていくのです。

[ 創立125周年記念式典を見て、学んだこと ]

リアル2010年。
2010年11月13日(土)、母校の創立125周年記念式典を「見・学」に行きました。
・・・・多摩モノレールの電車にも赤いCマークがついて、『中大号』になっています。
9号館で行われた式典での、母校の発展を期す情熱的な久野理事長と戦略的な永井総長・学長の式辞は、まさに「行動する知性」です。
その後、母校の創立者たちが学ばれたイギリスの法曹院ミドルテンプルを代表してエイドリアン・ウイットフィールド氏が祝辞を述べられました。
そのお話。
「1881年に23歳でミドルテンプルに入学し、1883年に法廷弁護士の資格を取得され、英吉利法律学校の初代校長に就かれた増島六一郎先生は、明らかに、コモンローすなわち英国の司法が長い歳月をかけて作り上げた判例法の体系に心を奪われたのです」
その言葉が心に残る中、配布された資料のなかの、
「『中央大学』というネーミングについては、場所として東京の中央(それは 「center」でしょう。ならば多摩は中央ではありません)という他に、『ミドルテンプル』に由来するという説がある」
という文章を読んで驚きました。

「middle」は、空間的にも時間的にも、その他様々な概念の中で、偏りのない「真ん中」を表す言葉であり、ギリシャ哲学や東洋思想にある「中庸」や「中道」にも通じるものがあります。
「中央の名よ光あれ」
わが母校の名は、あらためて、誇りにして良いものであると思いました。

バーチャルリアリティ&寸劇「中央大学-源流、記憶そして未来へ」は、増島六一郎先生の留学中の志を始め、震災・戦争などをくぐり抜きながら勉学に勤しむ「先輩」の姿に、最低3回は泣くことができるものです。
(思わず自身を振り返り、恥ずかしくなりましたが、まあ・・・・これからです。)

そしてバーチャル映像は、時空を超えて、一人の学生の「目」が駿河台校舎の学生会館(生協)を出て、白門(旧正門)に入り、2号館の中庭に立って、あたりを見渡すのです。
それは、紛れもなく私自身でした。
涙、流れて止まず。

式典が終わって、外に出てみると、応援部が校歌や応援歌を演舞していました。
多くのチアガールと何人かの応援団員の前で、学ランを着て鉢巻を締め、懸命に応援指揮をしている女子学生を見て衝撃を受けました(その後、彼女は団長になったそうです)。
あの・・・・高幡不動の駅のホームで、ゴツイ体格の団長がおもむろに煙草を取り出した瞬間、寸分狂わぬタイミングと所作で「押忍!」と見事に火を点けていた応援団員とそれを(おお!)と見ていた男子学生たちは、今何処へ。
今ここに。